日産自動車が直面する危機感とは――。働き方の本質と自動車業界の未来に迫る

日産自動車株式会社

人事本部 日本人財開発部
部長 蛯原 淳(えびはら・じゅん)

プロフィール
この記事の要点をクリップ! あなたがクリップした一覧
  • 日産が持つ危機感。長年かけて育んできた強みが、過去の延長線上では活かせなくなってきた――?
  • 女性管理職比率は10%、育児や傷病、LGBTQ+といった個人の事情に対する配慮。多様な人財を受け入れる企業風土へと発展
  • 技術的な背景や考え方の違う多様な人財が互いに対話をする環境。ビジネスのダイナミズムと影響力を体感できる職場へと変貌

カーボンニュートラルへの志向、変化し続けるEV市場など激動する自動車業界。日本の自動車メーカーは、この潮流の中においてしのぎを削って変革に取り組んでいる。日産自動車(本社:神奈川県横浜市、代表執行役社長兼最高経営責任者:内田 誠)では、技術の加速や付加価値提供のために、人的資本経営を推進しているという。

今回は日産自動車の人事本部・日本人財開発部の部長、蛯原淳氏にその取り組みを伺った。

(聞き手:パーソルキャリア株式会社 取締役執行役員 喜多 恭子)


日産自動車のこれまでと転換期、そして現況について

――日産自動車の転換期についてお聞かせください。

蛯原 淳氏(以下、蛯原氏):1980年代後半のバブル期に数多くのヒット車を出して以降、1990年代には徐々に経営状況が行き詰まり、業績不振に陥ってしまいました。その後、ルノーとの提携を通じて復活し、2001年3月決算ではV字回復を実現。2000年代中盤にかけて堅調な発展を遂げ、現在の基盤づくりがなされました。

また1999年に発表した「日産リバイバルプラン」では、2000年度に連結当期利益の黒字化達成、2002年度に連結売上高営業利益率4.5%以上を達成、そして2002年度末までに負債を7000億円以下に削減するという非常に高い目標を提示し、全社を挙げて取り組みを行いました。

目標が大胆であったこともそうですが、「いずれか一つでも達成できない場合は、経営陣が全員辞任する」という公約や、全ての目標が1年前倒しで達成されたことも、注目を集めた理由です。そして、その当時に培われた組織体質が、現在の基盤にもなっています。

2003年前後からはキャリア採用に力を入れ、年間数百人という単位で中途入社者を増やしていった時期でした。このころに入社した方々は今や20年選手となり、社長をはじめとしたあらゆる階層で、今の日産を支える基幹人財として活躍しています。

ここ数年は、EV化などで「自動車の概念」自体に大きな変化が見られ、求める人財の要件も変わってきました。

例えば、電気自動車を動かすためのモーターやバッテリー、電子制御の高度化を実現するには、電磁気学や材料工学、ソフトウェアなどについて、これまでの伝統的な自動車産業ではそこまで求められてこなかった知識・技術を持った人財が不可欠となり、自動車業界内だけでなく業界を超えた人財獲得競争に発展しています。

――EV市場の変化については、どのように捉えていますか。

蛯原氏:過去数年の業績不振からの回復過程において、効果的な投資とコストマネジメントが求められる中、業界が変化するスピードは加速を続け、未来に向けた投資と活動の重要性がますます高まっていると感じています。

また、当社はリーフを代表とするEV開発において、深く長い経験を有しますが、会社全体がEV化へシフトすることで、日産が長年かけて育んできた内燃機関をはじめとする強みが、単純な過去の延長線上では活かせなくなってしまうのではないか、という危機感もあります。

これまで、「唯一無二」の技術力を自負してきた領域に携わってきた方々であっても、あるいはGT-Rのような会社を代表する車に携わっている方々であっても、その危機感は大きいように思います。


キャリア採用人財の活躍、多様な人財を受け入れる企業風土の発展

――御社におけるキャリア採用の方針と、採用を成功させる取り組みについて教えてください。

蛯原氏:キャリア採用にはずっと力を入れてきましたが、長期ビジョンであるAmbition2030においても、先端技術領域で3,000人採用するという方針を打ち出しており、研究開発への投資拡大を計るとともに、人財獲得への投資も拡大しています。

当社がキャリア採用を本格的に開始して20年以上経ちます。その20年間の自動車製造における業界・技術の急速な変化は想像を超えるものがあります。

内部で培ってきた既存分野のスキルだけでは今後も持続的に発展していくことは難しく、スピードを優先して外部のパートナー様との協業増やしている領域もあります。しかし、外部に頼り続けることは、コスト面でのデメリットもさることながら、何よりも、社内に知見・ノウハウが蓄積できないことが課題です。

そこでパーソルキャリア(本社所在地:東京都千代田区、代表取締役社長:瀬野尾 裕)のような人財サービスを提供する会社の協力を得ながら、これまでとはまったく違う異業種の人財を獲得し、日産自動車でその強みを活かしていただけるような取り組みも始めました。

――それはどのような取り組みでしょうか。

蛯原氏:この3年ぐらいは、他業種・他職種の方も含めた多様な人財が、当社で働き続けることに意義を感じられるような企業となるべく、企業文化改革に取り組んでいます

まったく違うバックグラウンドと文化や価値観を持つ人が、お互いを受け入れて協力するためには、組織と個人の両面において懐の深さが求められます。

キャリア採用の方が入社した時に、それこそ昔は「お手並み拝見」といったスタンスもあったかもしれませんが、20年間、数百人規模での採用を続けてきたことで、受け入れる側もキャリア採用の比率が大きく増えており、キャリア採用自体は何ら珍しいものでもなくなりました。そして受け入れのノウハウも相当蓄積されてきました。

また、私自身もキャリア採用で入社しましたが、大学では二浪三留で27才の時卒業、昔であれば新卒の応募資格さえ与えられない存在でしたし、外資系含めて3社を転職していました。

はじめて日産を紹介された時には、何かの勘違いかと思って「本気ですか?」と何度も問い直したことを思い出します。実際には勘違いではなかったわけですが、そういった懐の深さを持った会社だと思います。

これからさらに、異業種からの多様な人財を迎えていくに当たっては、新しく入社されるキャリア採用の方が、どうすればより早く社内に適応して、のびのびと力を発揮して活躍できるかを、これまでの蓄積をベースにしつつも時代の変化を踏まえて模索・実行していくことが、今後の会社の発展には不可欠です。

また、当社は以前より、国籍や女性管理職比率などの多様性は着実に高い状態を維持していますが、個人の価値観や文化といった、目に見えない部分ではまだまだ改善の余地があります。

そのためには、グローバルでの企業文化改革をこれまで以上に推し進め、多様性に富んだ人財が、自由闊達にモノを言い合うことができ、一人ひとりの能力・ポテンシャルを最大限に発揮できるような職場の風土づくりを、社長を筆頭に組織ぐるみで取り組んでいくことが必要だと考えています。

――2030年までにエンジニア3,000人の採用という数字を打ち出されています。この数字を達成するために実施されている施策を教えてください。

蛯原氏:会社のことをわかりやすく伝えたり、さまざまな採用チャネルを広げたりすることはもちろんですが、正直なところ、「採用」という枠組みの中だけでできることは限られているとも思っています。

採用手法もさることながら、重要なのは、「この会社に入りたい」「ずっと働き続けたい」と感じてもらえるかどうかということです。これは何も、新しく入る人だけが対象ではありません。内部の人間にとって本当に働きやすい環境整備ができていれば、おのずとその魅力は伝わるでしょう。

車でも、販促活動だけで売るには限界があり、やはりお客さまにとって魅力的な商品になっているか、ということが最も重要です。会社も同じで、採用活動だけでなく、多様な人財にとって魅力的な「働く場」になっていることが肝要です。

そのため、採用活動を活発に行うとともに、人事の仕組みも見直しに取り組んでいます。その目的は企業文化改革と同じで、多様な人財が活躍できるような、魅力のある処遇の提供や、成長のための機会とサポートを強化する、といったさまざまな面での枠組みの見直しです。

一例としては、市場で特に高く評価されている人財には、スタッフレベルであっても管理職相当の報酬を提示して当社で活躍してもらうスキームもあります。

また、リモートワークや時短勤務などの働き方改革の進展のみならず、育児や傷病、LGBTQ+といった個人の事情に対する配慮など、これまでの制度では困っていたような方々の事情にもきちんと目を向けてケアし、働き方や福利厚生として仕組みを整えることも重要だと捉えており、着実に制度の拡充を進めています。

また、これらの制度を浸透させるためには、施行するだけでなく、制度を効果的に活用できるよう、環境を改善し、社内のマインド変革も同時に進めていきたいと思います。


社員の成長と発展を促す、日産流の「学び」とその環境について

――日産では女性管理職の方も多く見られます。女性が働きやすい環境づくりについての考えをお聞かせください。

蛯原氏:当社の女性管理職比率は10%を超えていますが、今後も意欲ある女性にはどんどん要職を担っていただきたいと考えています。

一方で、特に日本企業では、管理職というと昭和の男性のようにがむしゃらに働くものというイメージがあるなど、そうでなければ出世できないという誤解もまだ残っているように思います。

そういった日本企業のイメージを払拭し、育児や介護と仕事を両立しやすい制度を整えて活用したり、海外との会議時間が夜中になったりしないように制限を設けたりするなど、性別を問わず、意欲と能力のある方が実力を発揮しやすい環境づくりに、今後も力を入れていくつもりです。

――社員教育制度も充実しているようですね。

蛯原氏:社員教育については、全社教育と部門別教育との2つに大別されます。全社教育は、マネジメントや各階層での役割を担うのに不可欠な基本スキルを習得してもらえるような内容になっています。

特に全社員がいつでも自由に受講できるようなe-Learningには、グローバルで定評のある外部コンテンツを多く取り入れています。一方で、部門ごとの研修は、専門的なスキルに直結する内製のものを多くそろえています。専門性の高いスペシャリストが教えるような実務に即した内容のものも豊富に用意しています。

業界や会社のことをより良く理解していただくには共通言語を増やすことが重要ですから、異業種から来られる人に対しても自動車の基本や構造的な内容をレクチャーする研修があり、意欲のある人財への学習機会を整えています。

また、ソフトウェアエンジニア育成のために、「ソフトウェアトレーニングセンター」という電子制御ソフト開発を学び直すリスキリング研修もあり、最新技術はもちろん、専門以外の事柄を学ぶこともあります。

この研修を受ける約3カ月半の間は、完全に職場から離れて集中できる環境を整えていることも、当社研修での大きな特徴です。

――自動車業界でリスキリングの必要性はどのぐらいあるのでしょうか。

蛯原氏:今や自動車も複雑化していますし、サービスの多様化により、一つの専門分野だけでは対応できなくなっています。

例えば中国では、車そのものの性能や安全性のみならず、車に搭載されているインストルメントパネル(instrument panel)を含むナビゲーション画面の大きさや操作性などを重要視される傾向があり、顧客への訴求ポイントが以前と変わってきています。

コネクテッドカー(Connected Car)といった、ソフトウェアとつなげて制御をするものやスマホで遠隔操作をするものとなると、これまでの専門分野だけでは対応できません。新しいニーズや技術の進歩、時代の変化とともに、自動車業界でもリスキリングが欠かせなくなっているのです。

他業界で腕を磨いた方にも、ぜひ当社の一員になっていただき、自動車業界でどんな新しい価値を提供できるかを考え、提案し、ご活躍いただきたいと思います。


日産の「文化改革」、その先に見据える自動車業界の未来と携わる人物像とは

――自動車業界として、今後どんな価値提供をしていきたいと考えておられますか。

蛯原氏:昔は「初任給でカッコいい車に乗りたい」といった価値観もありましたが、今は「人々の生活を豊かにする手段の一つ」という、社会貢献が自動車の価値となってきました。

例えば、自動運転技術によって家族で長距離ドライブを楽しむ、シニアの方が安心して運転でき、移動手段を確保し続けられる、というようなことです。私自身も、当社の自動運転機能であるプロパイロットの大ファンで、疲れている時の長距離ドライブではその便利さは本当にありがたく、「技術の日産」の価値を体感しています。

どんなに高い技術があっても、お客さまに喜んでいただかなければ価値はありません。新しい技術や仕様、商品力を通じて、自動車が人々の生活に役立ち、お客さまに喜んでいただくこと、ひいてはお客さまに大きな価値を届けることが、私たちにとってのモチベーションなのです。

――これからの自動車業界を担う人とは、どのような人でしょうか。

蛯原氏:自動車開発は、例えば安全性の確保という観点では、非常に慎重なアプローチを求められる側面があるのに対し、ソフトウェア開発は日進月歩でとてもスピーディーです。開発初期に必要とされていたソフトウェアが、中期に差し掛かった時に仕様が変わることもあり得ます。

またソフトウェアを変えるとハードウェアも変えなければならないということになると、大きなチャレンジが生まれます。

伝統的な自動車の技術開発と、革新的な付加価値にチャレンジする技術開発、双方の大きな違いをどう融合することができるか――。これはとても難しいことですが、ここに興味を持ち、真正面から取り組む必要があります。

技術的な背景や考え方の違う多様な人財が互いに対話をするとコンフリクトも生まれるでしょう。そのような状況下で、周りの人を巻き込みながら自分の意思を持ってリーダーシップを発揮できる人財は非常に重要と考えています。

もともと、自動車製造の現場には、デザイナーや研究者、車両開発、生産技術、購買、製造といった、実に多様な職種と性質の人財が、部門の枠組みを超えて一つのクルマを作り上げていくという風土があります。

この職種の幅が、昨今、さらに広がってきていますが、ベースとなる多様性を尊重できる人財は、これまでも、これからも活躍いただく上での重要な要素だと考えています。

――リーダーシップを発揮できる優秀な人材に向けて、日産の魅力を教えてください。

蛯原氏:日産には外国人の社員も多く、グローバルで多様性のある会社です。昇格においては年齢の制限などもなく、実力があれば出世も早いと言えるでしょう。

しかし、それが訴求力として十分だとは思いません。同時に、毎年の昇給や、定年までの安定した雇用など、日本の大企業が過去に培ってきた魅力も、もう万人には通用しない時代だとも思います。

そういうことよりも、仕事内容に張り合いがあるのか、会社風土や働き方はどうかといったことが、より重要になってきています。「企業文化改革」の取り組みを継続することで、これまで以上に横のつながりを強化し、より気持ち良く、手応えを感じながら働いてもらえるように改善を続けています。

ベンチャー企業のスピード感には及ばない面もあるでしょうが、日産にはグローバルな商品ラインナップや開発ネットワーク、生産拠点、販売網やインフラがあります。ビジネスのダイナミズムと影響力を体感できる職場で、ご自身の技術や能力を日産でいかに発揮できるか、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。

――ありがとうございました。

【取材後記】

日本が世界に誇る自動車業界は、大きな転換期を迎えている。コネクテッドカーの登場により、自動車の概念も、携わる人材たちにも大きな変化が訪れている中、日本発の自動車メーカー 日産自動車は、今後世界にどのようなインパクトを与えていくのだろうか。そして、世の中にはまだ存在しない新しいサービスや機能を、どうスピーディーに開発・発信していくのか。真に働きやすく、働きがいのある日産自動車になろうとする今、国内外の同社の将来を支える人財が集結し、世界を驚かせてほしいと願う。

[企画・取材・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション]

【特集ページ】
人的資本経営の実践で成長する 有力企業の改・人材戦略 ~VUCA時代をどう生き残るか~

【関連記事】
スーパーコンピュータ「富岳」開発メンバー吉田 利雄氏が語る富士通の組織開発とR&D人材
業界をリードするTISは、競争加速するIT人材採用においても盤石の態勢を築く
SBCメディカルグループの「人事・採用・教育」三位一体の成長戦略に迫る
高度専門技術人材獲得へ動くパナソニック エナジー
博報堂、採用マーケティングで次世代人材の採用に挑む

【関連資料】
採用取り組み事例:株式会社NTTデータ 「採用候補者とのコミュニケーションの質が明暗分ける」
採用取り組み事例:株式会社いーふらん 年間200人採用成功! 「小さなリーダーをつくる」がコンセプト
カゴメ×積水ハウス「キャリア自律を促進する人事施策と人事部門の在り方」

【中途採用】dodaサービス総合パンフレット

資料をダウンロード